待ちに待った、出産。しかし、出産時に早期胎盤剥離を起こし、35分間の心肺停止状態で蘇生されたわが子と家族の現在も続く、日々の記録です。
初めての訪問の方へ・・・
2010-04-26 Mon 17:00
訪問、ありがとうございます。

私は、2007年10月1日。出産中の「早期胎盤剥離」により、

このブログの主人公である次男(はるにゃ〜)を緊急帝王切開にて出産しました。

結果、35分間の心肺停止状態で蘇生され、おなかの中で元気だったわが子は、

自分で呼吸することもできず、眠り王子になりました。

6か月の入院生活を得て、完全呼吸器管理のなか、在宅を始めました。

はるにゃ〜と過ごせた11か月。

それは、苦悩もありながら、それでも幸せな時間でした。

我が子が毎日そばにいる。毎日、一緒に寝る。そんな当たり前の幸せを教えてくれました。

はるにゃ〜は、全生命を全うし、2009年3月9日。1歳5か月でこの世を去りました。

ここは、私のその毎日の日々の葛藤、はるにゃ〜の生きてきた毎日が記されてます。

カテゴリーより、入院中から在宅、看取りまで、月別でご覧いただけます。

感情的な面もあり、不快な思いをされる方もおられるかと思います。

どうかそのような方はスルーしてくださるようお願いします。

また、記事に無関係なコメント、誹謗・中傷に値するコメントにつきましては、

こちらの判断において、削除いたしますのでご了承ください。

また、呼吸器をつけて在宅を考えておられる方、同じ思いをされているママさん。

更新を止めています。連絡を取りたい方は、コメント欄(非公開設定できます)

もしくは、ホームページリンクのメールアドレスより御連絡ください。

在宅までの取り組み等、ホームページも公開してますのでよろしければ覗いてください。
(携帯からは、現在、非対応です)

ホームページ版はコチラをクリック
         






別窓 | 未分類
天国のはるくんへ
2009-06-18 Thu 23:05
はるにゃ〜、天国はどうですか?

昨日で100日でしたね。はるにゃ〜がいなくなって101日目。

日本の法律は大きく変わろうとしています。

あなたは、お空でどのように思いますか・・・・?

ママ子はとても、複雑で・・・

何か、頭に石でもおとされたような気分になってます・・・


一緒に過ごした1年5か月。

触れることもできなくなった今、あなたの死を感じる毎日・・






おとちゃまは、今日、あなたの前に座って、


「脳死は人の死だと決められました。」


そう、報告しましたね。


人の死を誰が決められる?

私があきらめても、これは生きているのか?と悩んでも、生きることを選んだのは・・・

私じゃない・・・おとちゃまでもない・・・先生でもない・・・

まぎれもない。はるにゃ〜・・あなただったよね。




今日は、多くの関係者、いろんな想いでいることと思います。

そして、天国のはるにゃ〜。

私はあなたに聞きたいよ。

あなたが生きた意味は、なんだったのですか?

どこも動くことない・・・それでも、心臓だけは鼓動していた。

それは、なんの意味があったのですか?

そして、いなくなって100日すぎて、これですか・・・なんの意味でしょうか?



いつまでも、宿題をくれますね・・はるにゃ〜さん。



数時間おきに流れています。

脳死が人の死だと認められました。

脳死が人の死だと認められました。

脳死が人の死だと認められました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





多くのご声援をいただいた皆様、御心配のメール等々ありがとうございました。


特別、記事としてあげさせていただきました・・・




別窓 | 未分類
ケジメ・・・
2009-04-27 Mon 17:00
みなさんにお知らせです・・・

少し前から考えていたことなのですが、ママ子はブログ業界から引退します
(と言っても、お友達のとこには出没しまくりますからね

ここの更新を、陽哉の四十九日をもってやめたいと思います。

これは、私なりのケジメです。

単純に始めたブログでした。はじめはただの毒吐きブログでした
(ストレートすぎる表現に不快な思いも多々されたことかと思います

そのうち、本当に驚くくらいに仲間がやってきてくれ・・

ママ子もはるにゃ〜もいつの日からか、ここが生きる場所にもなっていました。

初期から熱心に読者してくださった多くのみなさん、本当にありがとう。

皆さんと、泣き笑いしながら、過ごしてこれた、はるにゃ〜の居場所でした。

今後のここのあり方について、惜しみない声もたくさんかけていただきました。

しかし、ここは、あくまではるにゃ〜の場所。

ひなちの子育てブログにもキャラ弁ブログにもするつもりはありませんでした・・

新たにやってきてくれるママさんのためにも、ここの存在はしばらく残しておこうと思います。

ホームページのほうを、より役立つように、リニューアルする予定にしています。
(リンクお願いしてる皆さん、HPのほうへの張り替えお願いします

これだけ、みんなと会話してきたので、なんとなく私も寂しく・・・

HPのほうでBBS機能もつけようと思っています。
(ちょっと時間かかりますが、お楽しみに

携帯ユーザーが多いのも特徴的なので、

携帯からも、対応できるようにネットオタク頑張ります

そこで、新たにHPに残す、数あるはるにゃ〜写真のリクエストも同時募集します

そして・・いつの日か、はるにゃ〜を本当に愛してくれ、考えてくれたみんなの手元にも・・・

はるにゃ〜をお届できるように作戦練ってますので。

その時はよろしくお願いしま〜す

今後のママ子は・・・

「看護師は二度としたくない」「いいや、したい」・・・いろいろな思いがありましたが・・・

やっぱり、私には、看護しかありませんでした。

いつの日か必ず、医療現場には戻るつもりでいます。

そして、その中で、はるにゃ〜が残してくれたもの。伝えていかなければいけないこと。

今後、私は、どうやって、生きていけばいいのか・・方向性も見えつつあることろです。

どこかでお目にかかることがありましたら・・・声かけてくださいね

本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

息詰まった時、ここでみなさんにあたたかい言葉をかけてもらい・・・

勇気をもらいました。

どうしようもなく、落ち込んだとき、生きているのかわからない・・と泣いた時・・・

はるにゃ〜の寝顔に癒されると言ってもらったり、逆に励まされっぱなしでした。

ほんとうに、感謝・感謝・感謝です

どうか、みなさん、ふと、立ち止まった時・・・

こんな眠りボーイがいたことを忘れないでください。

たまには、こんな毒吐きおばさんがいたこと。思いだして立ち寄ってやってください。

そして、どうか、あきらめないで。

どんな重い障害があろうと、その子を守れるのは、医者でもない看護師でもない。

親だけなのです。

みなさんに、より多くのHAPPYがありますように・・・・

本当にありがとうございました

はるにゃ〜&ママ子




  はるにゃ〜&ママ子より







別窓 | 2009年4月の日記 | コメント:67 | トラックバック:0
四十九日・・
2009-04-27 Mon 16:59
今日は、四十九日でした。

祭壇から、仏壇へはるにゃ〜の居場所がかわりました。

はるにゃ〜おうち

インテリア重視した仏壇。かわいらしい?かっこいい?おうちになりました

そして、この部屋、こんなに広かった??ってくらい・・・広い・・・・

なんとなく、寂しい気分です・・・

NICUママ&パパからもはるにゃ〜カラーのお花が届き、

覚えててくれて本当に感激でしたそして、ブログ友達からも。

はるにゃ〜は今日まで、ほぼ、お花が絶えることなく、本当に、ここには挙げきれない

くらい、たくさん、お心遣いいただきました。

本当に、みなさん、最後までアイドルのような対応ありがとうございました。

この場をお借りしてお礼再度、申し上げます。

四十九日をすぎると、いよいよ、お空に逝ってしまうようです。

時々は、帰ってきてね。はるにゃ〜

そして、みなさま、本当に、本当に、ありがとうございました。




別窓 | 2009年4月の日記
はるにゃ〜は死んでいた?
2009-04-22 Wed 11:53
連日、脳死判定・臓器移植法の話がニュースになるなか・・・

精神的にまいってます 私ってこう見えて・・(見えてないって

とってもデリケートなんです

A案、B案、C案などという案があり、そのなかには、臓器提供うんぬん以前に

年齢に関係なく、「脳死は人の死」と法律化する案まで・・

そうですか〜・・・じゃ〜はるにゃ〜が生きてきた1年5か月、死体と生活していたのですか〜

この案が可決されれば、こういう子はいなくなるのかも知れませんね。

厳密に脳死判定がされ、人工呼吸器による措置そのものが「延命治療」とされ、

同意がいるのか・・・

それがいいのか悪いのかも経験者である私自身、正直、わかりません。

心臓移植を待つ直前に亡くされた親御さん、涙をためて、

「私の子供が脳死なら臓器提供します。」断言されてました・・・

怒りでもない、悲しみでもない・・・なんとも言えない感情に陥りました。

はるにゃ〜は確かに何事も無反応でした。確かに未来はありませんでした。

学校に通えるわけでもなし、私の手を握れるわけでもなし、

自分ですべてのことができませんでした。

「コレデ  イキテテ  イミガアルノデショウカ・・・・・」

そう問いかける毎日でした。

だけど、すべて終わって言えること。

彼は確かに生きていました。

それは、今の私だから言えます。

生きてるときにはわかりませんでした。

私は、臓器提供を否定するわけでもありません。

国内でできるといいと本当に思います。

ただ・・・今のままで、成立したところで、提供者が増えるとは思えません。

「その子のなかで心臓だけでも生きててくれるなら・・」

私もそう思わなくもないです。が・・どこの誰にあげるのかもわからない。

お互い素性も知らされない、知らない・・ それでも、どうぞ。どうぞ。とはとても言えません。

これも日本独自の方法です。

このあたりも見なおす必要があるのでないでしょうか・・・

公開にしている以上、反対の親御さんも目にしているかもしれません。

低体温極まりない体でした。真夏でも電気毛布がいりました。

それでも、手はあたたかく、髪はサラサラで、背は同じ年代の子以上に・・

僕は生きている〜。と言わんばかりの成長しました。

歯だって生えました。真逆の立場のお母さんに言わせば、

「そんなの親の自己満足じゃない。彼自身が望んでるとは思えない」そう思うかも知れません。

私も実際、何度、そう考えたかわかりません。

私は、あの状態でしか生きていくしかないはるにゃ〜に、

私が考える、必要以上の治療や処置をしてきたわけでもありません。

彼の生きる力そのものでした。

「この子は どうすれば 幸せに 生きていくことができますか?」・・・・・・・・・・・

全親に共通している感情ではないでしょうか・・・

親はみな、闘っています。日々、葛藤し続けています。

昨日まで笑っていたわが子がはるにゃ〜のような状態になったお母さんだってたくさんいます。

脳死だろうが植物人間であろうが、病院で死を待つだけではありませんでした。

家で生活でき、かわいい服をたくさん着れました。

そして、たくさんの人に愛されていました・・・

胸に耳を当てると、そこにはしっかり心臓の鼓動がしていました。

ドク・・ドク・・ドク・・ドク・・・

私が知ってる、唯一のはるにゃ〜の心の声でした。

NSTの音から始まり、最後の最期のその瞬間まで・・・

諸外国から見放されて、ようやく本腰をあげ、あせって決めないでください。

勉強会〜? なんの勉強でしょうか?

何年生きてたとかデータの問題ではありません。

はるにゃ〜はいなくなってもなお、多くの課題を私に突きつけてきます。

はるにゃ〜、笑ってないで、ママ子に何ができるか教えておくれ。

笑うはるにゃ〜

(↑笑ってる疑惑の多かった1枚です


あ〜すっきりした
ただ、書きたいだけだったのでコメントは受け付けしません。
自己満記事ですいません・・・
前回もたくさんの真剣なコメントありがとうございました



別窓 | 2009年4月の日記
| はるにゃ〜ママ時々ナース 新生児重症仮死〜眠ったままの天使〜 | NEXT