待ちに待った、出産。しかし、出産時に早期胎盤剥離を起こし、35分間の心肺停止状態で蘇生されたわが子と家族の現在も続く、日々の記録です。
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⑬NICU卒業
2008-02-12 Tue 17:27
LTVに変更して、1週間、とくに大きなトラブルもないということで、
1月16日、小児科に転科になった。

もう、K先生の愚痴を聞くこともないのか・・・と思うと少しさみしい。
せっかく看護師さんたちにも慣れ、人間模様もわかってきたとこで
出ていくのもさみしい。

また、一からの人間関係。

めんどくせ~

小児科に見学に行って、転科するまでの1週間、私はまた再び、
鬱になった。

あの光景を毎日みて過ごすのか~

重い・・・・

「生きる」「生かされる」

いったい、この言葉の意味はなんだろう・・・
はるにゃーは、呼吸器をはずせば、数分で心臓も止まるだろう。
この機械をつけていることで生きられている。
生かされている・・・・

はるにゃーのような大人の患者さんをたくさん看てきた私は、
日々の仕事のなかでも、わからなかった。
意識のない患者さんがたくさんの機械や薬で生きられる。
それは医学の進歩。
それに尽きるのだろうけど、はたして、本人はそれを望んでいるのだろうか・・・

小児の世界においては、本人の意志に決定権がないため、
選択肢はほとんどない。

決定権がないといわれても、呼吸を強制的に1分間に60回もさせられている。
1分間に60回、呼吸してみろ!
とも、言いたくなったことがある。

そんなこんなブルーになっていた私は、はるにゃーの顔の真上に
呼吸器の回路をつりさげられているのを見て、
看護師を呼び出し、

「こんなことするんなら、もういいわ。呼吸器止めてやってよ。
今すぐ、はずして。」

と泣き叫んでしまった・・・

なるべく、理性を保とうと思うものの、やはり、それほど、人間強くできていないらしい。

私が様子がおかしいことは、すぐに申し送りされてるのか、
いろんな、看護師さんに話かけられる。

受け持ちHナースは、時間をさいて、私の話を聞いてくれた。
私も泣き、彼女もまた泣いていた。

話をするとわりと楽になってしまうのが私のいいところでもあり、

結論・・・

「よくわからないけど、とにかく、早く、家にかえろう。」

そう思った。

NICUを卒業する日

「はるくん、がんばって、ありがとう」
「早く、おうちに帰れるように」

たくさんの看護師さんが見送りしてくれ、はるにゃーに触ってくれた。

はるにゃーは本当に幸せだ。

とりあえず、NICUからの退院はなくなった。




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⑫小児科の見学・LTV装着へ
2008-02-12 Tue 08:59
1月10日、いよいよ、スーパーな人口呼吸器LTVを装着した。
コンパクトだけど、すごい音・・・

家では響くんだろうな~

このLTV、今までの呼吸器と加湿のかけかたが違うようだ。
(人口呼吸器装着の場合は、加湿・加温は重要。痰をひきやすくする)
今までは、水回路だったのに対して、人口鼻(加湿・加温の代わりをするもの)で加湿をかけるタイプだ。
移動、在宅の際は、水回路だと、トラブルを起こしやすく、使用していないとのこと。


DSC00602.jpg

(これが水回路です。
蒸留水の点滴ボトルから、水がここに入り、加湿できる仕組み)
(人口鼻については、のちにアップします。)


ま、のちのち、これが今でも頭を悩ませる原因になるが・・・

このときは、これで、家に帰れる。
と安易なものだった。

16日に小児科への転科が決まり、はるにゃーが入る部屋に見学に行った。

呼吸器をつけているお友達ばかり。
と聞いていたのである程度、覚悟はしていたが、
あまりの衝撃に絶句した・・・

はるにゃーの行く部屋は観察室と呼ばれるところで、
10床くらいのワンフロアーになっており、中央にスタッフがいる。
といった感じだった。
小児科の師長が来た。

挨拶を済ませ、ざっと案内してもらう。

部屋を見渡している目の前で、気管カニューレから、蟹のように痰を出している。
正直、男の子なのか女の子なのかさえわからない。
大きいのか小さいのか何歳なのかも不明・・・
私たちが見学に行ったときは、誰もお母さんの面会はなかった。
NICUでは、産後の母親ばかりだから、
私のように、仕事をしていても、育児休暇中だったりするためか、
いつも、たくさんのママがいる。
なのに、ここの子供たちは・・・

なんだか、「1人で頑張ってる感」が滲み出ていて本当に切なくなった。
何年も入院生活が続けば、もちろん、仕事も出なきゃいけないだろうし、
家庭の事情もあるから、なんとも言えないが、なんだか、妙に切ない感じがした。

医療に携わってきた私が、こんなに衝撃を受けたのだから・・・

パパを見ると、ほんとに「唖然」という言葉がちょうどいい表情

あ、この人も驚いてるわ・・

この光景が「奇跡」なんだろうか・・・

高度な医療により救われる、命はたくさん増えた。
しかし、その傍らにある「現実」をみたような気がした。

そしてまた、私はわけがわからなくなり、

私たち夫婦はため息と無言のまま帰宅した・・・・




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⑪身体障害者手帳
2008-02-10 Sun 23:27
在宅にむけて私たちが準備していくもの。
それは、いわゆる、さまざまな手続きなるものだった。

身体障害者手帳の申請。

身体障害者ですか・・・・

重い言葉。そんなものでくくるな。って言いたいがしかたがない。

その手帳とやらがないことには、バギーも作れない、
在宅が始まってからも、さまざまな援助も受けないといけないし。

身体障害者が何級だとか判断したり、認定したりするのに、審査会
なるものがあるらしい。
いったい、どんな人が審査するのか、どんな知識があってどんな権限があって
どういう感じでそんな会議が行われるのか見てみたいものだが
その会議も2か月に1回しかしてないとうではないか。

じゃ、2月に間に合うように、ということで、早速、手続きに向かった。
そこでも、「原則、3歳からだから、認定もらえるかわかんないよ~」
などど、心ないことを言われた。

「ちゃんと、聞いて、話もして、ここに持ってきてますから。」

くそおやじ、ごたごた言わずにさっさとしろ!!

頭にきたが・・・グっと飲み込んで・・・
「お願いしま~す」
と満面の笑みをしてやった。

子供を守る母親とういのは無敵だと思う。
世界中を敵に回しても、守ってやれるのは親しかないから。


身体障害者という言葉で思い出したことがあるが。

私はよく、「お母さんだから、選んで生まれてきた」だの、
「障害を持って生まれてくる子は、そういう子供を育てられる家にしか生まれてこない」
などという言葉を耳にした。

後者の言葉など特に、「自分の家には障害者なんて縁がない」
というどこからくるのかわからない怖い自信。
いや、4か月前までの私もそうだったのかもしれない。
医療職という立場にありながらも、あまりにも、無関心で他人事だった。

選んで生まれてきた・・・

そんなこと言われてもなんの、励ましにも、説得にもならない。
選ばれるような親でもないし。
誰も、障害者を生みたいとか育てたいなんて思う人はたぶん、いない。
誰もがわが子の健康を願うだろうし。
じゃ、障害者の親は100%、いい親なんか?
と言いたくなる。
そうではないはず。
たとえば、虐待などという、ありえない行為で障害を持ってしまった子供もいるだろう。

障害を持ってしまったことを、受け入れるしかない現実。
そして、がんばっているわが子をみて、子供に親は教えられ、
たいていの親がよく言う、いい親になっているのじゃないかと
私は思う。


さ、はるにゃー。身体障害手帳もらおうね~~


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⑩小児科への転科
2008-02-10 Sun 16:36
在宅に向け、気管切開を受け入れた。
次のステップアップは、在宅用の呼吸器に持っていくことだ。

私も知らなかったが、在宅用の呼吸器なるスーパーな機械があるらしい。
その名も「LTV」
こいつは、すごかった。

バッテリー内臓だったり、車での移動の際もシュガーライターで充電できたり、
従来、私が見てきた呼吸器と違い、かなりのコンパクト。
こんなものがあるのか~~

医療の世界、まだまだ、知らないことばかりだ。

DSC00599.jpg


生後100日目。ももかを迎え、小児科への転科予定日が決まった。
明日から、LTVに変えて、1週間、様子を見て、よければ小児科に行きましょう。
そこでは、散歩ができたり、外出、外泊。
退院に向けて、本格的に支援してもらえるとのこと。

う~~ん。近づいてきたぞ。
見えてきたぞ。お家。
はるにゃー、家に帰れるんだよ。


でも、すこ~しっていうか、だいぶ、いやだったのが、
主治医が変わること。K先生のことを私は信頼しきっていたし、
頼りにしていた。それだけに、主治医が変わってしまうことはつらかった。

あ~やな感じの先生になったらどうしよう・・・

新しい受け持ちナースもHナースのような熱い人だったらいいな~~

でも、そんな心配はいらなかった。
はるにゃーは、信頼できる人を自ら、呼びよせる・・・
という不思議な能力を持っていたのだ


生後100日目のはるにゃー
身長:63.5センチ
体重:5236グラム


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⑨はじめての年越し
2008-02-10 Sun 16:20
年も越すことができるのだろうか・・・
と考えていたこともあった。

生後51日目、2007年最後の日。

私たち、夫婦はNICUにいた。
はるにゃーに1人で年越しさせるなんてかわいそう。

一緒にいてやりたいと思った。

3人で手をつないで、看護師さんたちのカウントダウンとともに2008年を迎えた。

もう、これ以上の災難が我が家にありませんように。
はるにゃーを守ってあげれますように。

今年は笑っていられますように・・・
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