昨日は、眠れなかった。
タイミングよく、昨日は、小児科で一緒だったYくんのママから訃報の連絡を受けた。
Yくんは、唯一、はるにゃ〜と同じレベル。
まったく、動かない。痙攣もない。不随運動もない。目も開かない。眠ったままの王子仲間。
こうなる経過は違ったものの、ママには、話もよく聞いていた。
2年、家で看ている大先輩だったし、寝袋のアドバイスを受けたのも、Yくんが使ってたからだった。
メールには、「4月29日、天国に逝ったこと。2年、家で看れたし、後悔はないよ。最期は、病院行くのもいやになるくらい、つらいものだった・・・。しっこが出なくなり、むくみ、あちこちから血が出て・・
看ていられなかったよ・・・。 はるくんママも頑張ってね。何かできることがあればメールください。」
と書かれてました。
何年、眠ったところで、必ず、こういう日がやってくることへの、急激な不安と・・・・
奇跡にも限界があることのリアルな現実・・・
そして、Mクリニックのこと・・・
すべてが重なり・・・・
泣くしかできなかった。
こういうことになっていることが、悔しい。なるべくしてなったのではないとすれば、
どこに、怒りをむけたらいのかわからない猛烈なやりきれない気持ちが再び・・・・
朝、Mクリニックに電話した。
今日は、外来が休みだったので、K助産師さんあてに電話を入れ、すぐにかけてきてもらった。
すべて、すべて、吐き出した。
信頼していたのに、私の2ヶ月後にそこで、同じように母体搬送されて
子供も同じようになっている事実を知って、信頼をなくしたこと。
私のことも、陸くんのこともなんの教訓にもなってなくて、繰り返されていること。
こんなつもりはなかったけど、私のお産のこと。真実が知りたい。
10月1日の搬送までの、カルテの開示とNSTのコピー、そして
K病院への紹介状を大至急書いて欲しいことを伝えた。
当日の助産師と先生から説明受けるかと聞かれたけど、もう、2度と会いたくない。と言った。
できたら、コピーを郵送で送ってくれるよう依頼しました。
朝の5時に入院した私。子宮口は3センチと言われ、昼頃になるよ。と言われた。
6時、痛みが強く、助産師さんが診察。
子宮口が全開といわれ、医師がただちに呼ばれた。
医師が上がったときには、心拍が低下。そこからは、記憶も薄れている・・
空白の1時間・・・・・
追及するつもりはさらさらなかった。昨日までの私は。
思い返せば、昨日は、陸くんの3か月目の月命日だ。
本当に、これは警告だと思っている。
こんな、不安定さんだったので、今日はすこぶる体調も悪く、気持ちつわりもひどい。
空えずきに、食べれば吐く。を繰り返している。
はるにゃ〜を見ると泣けて泣けてしかたがない。
午後から、往診のH先生が来てくれた。
とっても調子がいいから安心してる〜と嬉しそうな先生。
そして、再度、痰培養を出してくれた。
「なんか、また大きくなってるな〜〜

」
何も知らない、先生の明るい笑顔に救われてしまいました

明日からは元気に戻ろう。
おなかの赤ちゃんもびっくりしてるな〜あまりの不安定さに・・・

菌がマイナスになったはるにゃ〜。久々に、カニューレ交換が1週間あきました。
菌だらけの時と比べてください。とても、きれいです

