2007年10月1日。あれから、438日。
搬送の救急車、ほんとに、痛かった。痛みで気を失いそうだった・・・
陣痛と子宮口全開の痛み・・・剥離の痛みもあったのか・・・・
「これは、夢?私は死んでしまうのかな・・・・赤ちゃんは絶対、元気じゃないな・・・」
そんなことをぼんやりどこか頭の片隅で考えていた。
目が開いた時、手術室を出た私は、ストレッチャーに乗っていた。
「私の赤ちゃんは?どこですか?」
「お母さん!!!」兄ちゃんの声だ・・・
兄ちゃんもおとちゃまも泣いてる。。。。なんで???
どうして泣いてるの????
身長50センチ、体重2766グラム。
心肺停止時間は、約35分。みんなが手を止めようとあきらめたとき、動きだした心臓。
帰ってきたはるにゃ〜に触ってあげる?と聞かれた兄ちゃん・・・
「僕は、いい・・・・」 と後ずさりしたという・・・
私が、初めて対面したのは、おとちゃまが撮ってきてくれたビデオに映る痛々しい姿。
「なんで?なんで?これは私の話?どうして私なの?なんでこの子なの?」
初めてお兄ちゃんに会えた時、今だかつてないくらいむくんで・・・・
「もうダメかもしれないな・・」「死んじゃうのかな・・・」って思った。
「はるくんは死んじゃうかも知れないから・・・」兄ちゃんによく言ってた。
家ではどんよりして、寝たきりになって、泣いて泣いて・・・死にたい・・
なんて軽々しいこと言ったかも・・
だから、兄ちゃんは私を元気にさせたかった。
兄ちゃんの心配は、私・・・
はるにゃ〜がいなくなることで私が消えてしまうんじゃないか・・・・
私はそれを感じていた。感じていたけど、フォローしてやれなかった・・・
だから、兄ちゃんは一生懸命、兄ちゃんになろうとしてくれた。
弟という自覚もないのに。微々たる動きもないのに・・・
懸命に目の前の現実を小さな体と頭で受け止めて、笑ってくれた。
すべては、私のため・・・私に笑っててほしいから・・・
〜看護師さんと私たち家族の間で交わされた交換日記より〜
兄ちゃんが初めてはるくんと会えた日。日記を書いてくれました。
「10月20日。今日は、はるちゃんにひさしぶりにあえてうれぴかった。
またあえるときがあったらあわせてね。
はるちゃん、ものすごくかわいいー。はやく元気になったらいいな。」
10月28日。初めて家族4人で会えました。初めて、家族で写真を撮った。
去年のクリスマスイブ。
数時間だけ、家族4人で過ごした。
はるにゃ〜がおうちに帰ってきて今日で245日目。
病院にいたときの不安定さも入院に至るまでの(って言ってもしないけど・・・)危機もない。
耳元でどんなに泣いても、どんなに叫んでも、手を握っても、ふんでても・・・
まったく反応はなく、1年以上穏やかに・・・ただ眠るはるにゃ〜。
ほんとに、「死」しか待っているものがないのか・・・時々、そう思うくらいに
我が家に溶け込んでいる。当たり前のように寝ている。
病院にいたときなんか、もう想像がつかない。
それでもいつか、離れ離れに・・・なることも想像もつかない・・・・
兄ちゃんは、元気な赤ちゃんを知りません。
元気な・・・というより、動く、目を開ける、手が動く・・・自分で息をしている・・・
それすらしりません。
私でさえ、今だ、わからない。ほんとに、この胎動そのものに動いているのか・・・
目を開けてくれるのか・・ 今度は抱っこできるのか・・・
大きい兄ちゃん。ねんねの兄ちゃん。
2人が兄ちゃんになれますように。
私は11年ぶりに産声を聞けますように。
泣いていて。動いてて。自分で息してて。目を開けて・・・・
もう、それだけで十分かも・・・・・